
先日、Queの食事会のなかで「2024年のベストコンテンツを挙げてみよう」という話になりました。地面師を挙げる人や推しのアーティストのライブを挙げる人もいた中で、「金沢旅行」と「買った靴」を挙げたメンバーがいました。
なんでなんで?どういうところが面白かった?と掘り下げて話を聞いてみると彼の金沢旅行が追体験できて楽しかったのですが、ふと思いました。
「“コンテンツ”の定義ってなんだろう?」
間宮自身は今までのキャリアの中で、クライアントや社会の課題解決に関わる仕事をやってきたので、「コンテンツ」は聞き慣れた言葉ではあるものの、その「定義」まで深く考えていなかったことに気がつきました。
コンテンツの定義についてよく引用されるのは、カナダ出身の英文学者、マルクハーンが1964年に発表した「メディア論・人間の拡張の諸相」のなかで「コンテンツはメディアにあたり、メディアとはメッセージである」という提唱です。スマホやPCがない時代からそこで発信される「コンテンツ」というものについての洞察がされたことは見事だとは思いますが、もう少し掘り下げた(自分ごとにできるような)定義が必要かなとも思います。
食事会の中でメンバー同士で話し合った結果、その会における(Queとしての)コンテンツの定義として、「それがもつ面白さやメッセージを、他人と共有できるようにしたもの」なのではないか、という結論になりました。Netflixのドラマしかり、漫画しかり、アーティストのライブしかり(正確にはその日、その場で体験することはできないのですが)、誰かの「体験」をなんらかの手段で追体験でき、その面白さや感動や分かち合えること。これが現代的な意味での「コンテンツ」なんじゃないかと。
なので、金沢旅行の体験は、それを共有することで他の人が行ってみたいと思えるようなことがあるので、それは「コンテンツ」と言ってもいいんじゃないか、みたいな話になりました。「靴」は不明ですが。笑。
ただ、後日、コンテンツを生業にされている外部の会社の方に「コンテンツってどう定義していますか?」と聞いた時、その方は「(人が)楽しみになるようなこと・もの全部」とおっしゃっていました。それもとてもシンプルですが、素敵な定義だと思いました。
仕事でも、「なんとなく聞いたことがあるような言葉」を「みんな同じこと思ってるよね」と思って定義せずになんとなく走りはじめてしまうことがありませんか?
例えば、ミッション、ビジョン、バリュー(ズ)、パーパスに関わる仕事。近年お話をいただくことも増えてきていますが、それぞれの言葉(と概念)について、クライアント様も含めたメンバー同士で最初の「定義」がずれていて、結果、着地がきれいに決まらなかったなと感じることが何度かありました。途中で「あ、目指してるものが微妙に違うぞ」ということに気づく。それを避けるためにはできるだけ最初から、(少なくともチームの中で)「大切な言葉の定義」を揃えておくことが大事なのです。
その「定義」で大事なのは、正しい、とか間違っている、とかを追求することではなく、「定義を揃える」ことです。先ほどの「コンテンツ」の定義でも、どちらが正しいかということを議論するよりは、「私たちのプロジェクトでは、どの定義で話していくか」を揃えることが大事だと思うのです。Queではそのプロセスを大事にしています。
最初はややこしいかもしれません。ただ、横文字ワードや新しい用語がどんどん出てくる中、そうした言葉だけでなく、聞き慣れた、みんながわかっているだろ、と思うような言葉でも、「定義からはじめる」ことは、仕事のクオリティを高める上で決して遠回りではありません。地盤が緩い土地にしっかりした建物はたたない。まずは地盤を固めることが大事なのです。