頭にこびりついて離れない言葉。

仁藤 安久

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高校1年生のころに、職場見学という学校行事でうなぎ屋さんに行きました。そのとき職人さんが言っていたことをいまでも、ふと思い出します。

「 串打ち3年、裂き8年、焼きは一生」

これは、串打ち(うなぎを蒲焼するために串にさす工程)の習得には3年かかり、裂き(うなぎをさばく)の習得には8年必要で、いちばん味を左右する焼きは習得することなく一生かけてその業を習熟するものだ、といったことを表したものです。

その言葉には、自分の職業への尊敬とそこに身を捧げる自負のようなものが溢れているように感じました。一度聞いただけなのに、いまでも思い出すのは、意味だけでなく語呂の良さも、大きな要因としてあるでしょう。

私がついた職業には、うなぎ職人が誇らしげに語ったような類の言葉は見当たりません。そこで、この構文にならって私たちの職業の難しさとやりがいを表してみたいと思います。

「課題3年、問い8年、インサイトは一生」

いかがでしょうか?
適切な課題設定には3年かかり、その課題を再設定したり深堀りしていくような良質な問いを立てられるようになるには8年かかり、生活者のインサイトを知るには一生かかっても足りない。

課題設定って3年で習得できるほど簡単じゃないでしょ、などと言われてしまいそうですね。いい課題設定ができたところで仕事の8割が終わっている、とも言われますし。そもそも、私は、どれもまだまだな気がします。

「ボディ3年、ネーミング8年、キャッチは一生」

今度は、コピーライターバージョンをつくってみました。これも、異論がたくさん出てきそうですね。
みなさんも、考えてみてください。私が、うなぎ職人をかっこいいと思ったように、後輩たちがこの仕事に憧れるためにも名言を編み出したいところです。

ちなみに、うなぎ職人の名言には元ネタがあります。

「桃栗三年柿八年」

こちらは、植えてから実をつけるまでの年月を表したものですが、それから転じて「人が何かを習熟しようと思っても一朝一夕で身につくものでなく長い年月が必要だ」ということを表すことわざにもなっています。

この言葉が広がったのは、江戸時代の『尾張いろはかるた』の「も」に掲載されていたからだとか。ちなみに、この言葉には続きがあるのはご存知ですか?

「桃栗三年柿八年 枇杷は早くて十三年」
「桃栗三年柿八年 柚子は九年でなり兼ねる」
「桃栗三年柿八年 梨の馬鹿めが十八年」

いろいろと展開があって実をつける年月を皆で笑ったりしながら覚えていっていたのでしょう。他にも、

「桃栗三年柿八年 女房の不作は六十年」
「桃栗三年柿八年 亭主の不作はこれまた一生」

こういう人生の悲哀を込めた言葉は、昔からあるのですね。

これらの言葉がここまで広がったのは、語呂がよくて、口に出すと生理的な気持ちよさがあるからなのでしょう。

そんな「頭にこびりついて離れない言葉」には何があるのか、また、どこかで掘り下げてみたいと思います。

YASUHISA NITO
1979年、静岡県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程にて文化人類学・地域づくり・ネットワークコミュニティ論を専攻した後、2004年電通入社。 コピーライター及びコミュニケーション・デザイナーとして、日本オリンピック委員会、日本サッカー協会、三越伊勢丹、森ビル、ノーリツ、西武鉄道などのクリエーティブ業務を担当。電通サマーインターン座長、新卒採用の戦略にも携わり、クリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッドの開発を行う。2017年に電通を退社。新規事業開発担当として、広告・コンサルティングの他に、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、顧客サービス、人事・教育への、 広告クリエーティブの応用を実践している。 受賞歴は、ロンドン国際広告賞 金賞、ニューヨークフェスティバル 銅賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。