わからなさに、軸をつくる
『不確実性下の意思決定理論』とブランドの話

仁藤 安久

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未来は、見えない。
むしろ、見えるように思えてしまうことのほうが、 怖いのかもしれない。

新商品は当たるのか?あのメッセージは届くのか?
こちらのコンセプトのほうが、今の時代に合っているのか?

そんな問いに向き合うたびに、私たちは「予測らしきもの」にすがりたくなります。データ、アンケート、トレンド分析。けれどそのすべての背後に、「ほんとうのところは、よくわからない」という不安が潜んでいます。

Itzhak Gilboaの『不確実性下の意思決定理論』は、そうした“わからなさ”とどう向き合うかを、経済学の視点からまっすぐに掘り下げている一冊です。そこには、ブランドづくりに通じる視点が数多くあります。

わからなさのもとでの意思決定には、2つの種類があるとされています。確率がわかっている「リスク」と、確率すらわからない「不確実性」です。前者では統計的手法が使えますが、後者では通用しません。

Gilboaは、不確実性の中で人が判断を下すとき、そこには「直感」や「経験」、そして「物語」が深く関わっていると述べています。人は、正解がない状況で、過去に似た出来事や、信頼できるストーリーに導かれるようにして意思を決めていくのです。

この構造は、ブランドが果たしている役割ととてもよく似ています。

人は、「なんとなく好きだから」「あの会社なら安心だから」「応援したいから」といった情緒的な理由でブランドを選びます。価格や機能だけでは語れない、意味のあるつながりがそこにはあります。つまり、ブランドとは「不確実性の中で信じられる軸」をつくる営みなのです。

私たちQueが日々取り組んでいるのは、企業の中に眠っている「まだ言葉になっていない信念」や「語られていない価値観」を丁寧にすくい上げ、社会や生活者にとっての意味へと翻訳していくプロセスです。

それは単なるコピーやタグラインの制作ではありません。選択肢があふれる現代において、「わたしたちは、これを選びたい」と思える納得の構造をつくること。つまり、ブランドは“選ばれる理由”を設計する営みでもあります。

またGilboaは、「複数のモデルを併置する思考」の重要性についても触れています。単一の論理や視点に頼らず、複数の可能性を抱えながら柔軟に判断していく。それはQueが大切にしている「Perception Design(印象設計)」という考え方にも通じています。

ブランドを「こう見せたい」と押しつけるのではなく、「どのように受け取られているか」という他者の視点と、「こうでありたい」という意思を重ね合わせていく。その重なりが、見る人の中に自分なりの意味を見つけられる“余白”を生み出し、そこから自然と共感が立ち上がってくるのです。

予測ではなく、物語へ。論理ではなく、共感へ。
不確実性の時代に、ブランドが果たすべき役割は、「安心させる」ことではなく、「選びたくなる余白」をつくることだと感じます。

すべてを決めつけるのではなく、けれど軸を持っていること。
その矛盾を引き受けられる姿勢こそが、これからのブランドの強さなのかもしれません。

「よくわからないけど、なんか好きだ」
そう思ってもらえるブランドには、きっと不確実な未来を前にしても、誰かがそっと希望を託したくなる力があるのだと思います。

YASUHISA NITO
1979年、静岡県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程にて文化人類学・地域づくり・ネットワークコミュニティ論を専攻した後、2004年電通入社。 コピーライター及びコミュニケーション・デザイナーとして、日本オリンピック委員会、日本サッカー協会、三越伊勢丹、森ビル、ノーリツ、西武鉄道などのクリエーティブ業務を担当。電通サマーインターン座長、新卒採用の戦略にも携わり、クリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッドの開発を行う。2017年に電通を退社。新規事業開発担当として、広告・コンサルティングの他に、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、顧客サービス、人事・教育への、 広告クリエーティブの応用を実践している。 受賞歴は、ロンドン国際広告賞 金賞、ニューヨークフェスティバル 銅賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。