組織と個人のモチベーション研究 (5,6)

飯島 章夫

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5. 組織の形態

〜ゲマインシャフトとゲゼルシャフトで組織が分かる〜

学生時代、組織には、「ゲマインシャフト(共同体組織)」と「ゲゼルシャフト(機能組織)」という二つの“形態”があるということを習った覚えがありませんか?

これは、130年前にドイツの社会学者フェルディナント・テンニースが提唱した概念です。この二つの“形態”が、組織のモチベーションを理解するために、極めて重要なものになりますので、少しアカデミックな話になってしまいますが、しばし我慢してお付き合いください。理解しやすいように、二つの“形態”を、機能体、共同体と呼ぶようにし、この順番で説明します。

機能体とは、そもそも外部に目的があって、それを達成するために作られた組織です。例えば、社会に価値を提供することで利潤を上げるために企業は存在し、戦争などの有事に備えるために軍隊は存在します。

共同体とは、組織内個人の心地良さ、好みの充足を満たすために作られた組織です。例えば、家族、地域社会や、クラブ、同好会、そしてネットで繋がるSNSやフォーラムも、これにあたります。本来は、血縁、地縁などを元に、自然発生的に作られる組織ですが、インターネットによる知縁(共通の知識が繋ぐ縁)を元に、意図的に作られる共同体も増えています。

まとめると、機能体とは目的達成組織であり、共同体とは居心地追求組織です。

◆機能体の特徴

目的達成組織である機能体の価値は目的達成力で測られます。したがって、最小コストで最大効果を上がられる組織が理想だとされます。企業でKPI(Key Performance Indicator)やROI(Return On Investment)が重要視されるのは、企業の目的達成度を数値化した指標だからです。

一方、組織内個人の評価は、目的達成への、目に見える貢献度が指標とされます。つまり、個人の成果や能力を点数化し、比較し易い客観的評価制度が導入されがちです。

目的が明確であるため、指示系統はスピード重視で、上意下達が徹底されます。

人間味のある暖かい組織というよりは、個人を駒と見立てたクールな組織になっていきます。そして、組織の目的達成のために、時には個人の希望を無視した犠牲が強いられてしまうこともあります。しかし、組織が目的を達成できた時には、個人も達成感や実利を得ることができ、個人の犠牲は報われます。

◆共同体の特徴

居心地追求組織である共同体の価値は、結束力の高さや仲間意識の強さで測られます。したがって、公平性と安住感の保たれた組織が理想的だとされます。

一方、組織内個人の評価は、組織内での人気や人格が重要視されます。つまり、組織内人間関係による好き嫌いといった、主観的評価に左右されがちです。

各個人は、各々の価値観で行動し、個人の意思が尊重されます。したがって、クールな組織というより、人間味溢れた組織になっていきます。その代わりに、現場に携わる人間が力を持ち、上司の言うことを聞かないことが、ままあります。

以下に、機能体と共同体の違いをまとめた表を記します。(「組織の盛衰」堺屋太一著より)

機能体と共同体というのは、対照的な概念であり、本来は両立しにくいものなのですが、現実的には、この組織は機能体、この組織は共同体といったようには二分化できず、機能体であると同時に共同体でもある組織が数多く存在します。このことが組織内で矛盾を抱える原因になります。

例えば、小学校で組織されたチーム・スポーツは、勝つことだけを考えた機能体であるべきか、子供達全員にスポーツの楽しさを知ってもらうための共同体であるべきかで、常にジレンマを抱えています。そして、勝つために上手い子しか試合に出さないというポリシーと、負けてもいいから全員試合に出してあげようというポリシーで、コーチや保護者間で対立が生じたりします。

このように、組織の “形態”として、機能体度と共同体度がどのような割合で存在するかが、組織のモチベーションの在りかを左右することになります。

 

さて、前章で、組織の“気質”として、成長志向と安定志向があるというお話をしました。組織の“気質”は、組織の“形態”にどのような影響を与えるのでしょうか?

組織の“気質”が成長志向である場合、成長という数値化しやすい目的を追うために、組織の“形態”は機能体であることが合理的です。一方、組織の“気質”が安定志向であれば、全員の公平性と安住感を求めて、組織の“形態”は共同体であることが求められるはずです。

“気質”は、環境によって変化することがあります。しかし、“気質”の変化に対して、“形態”が変化するのに時間がかかってしまうことがあります。

そこで、“気質”は成長志向から安定志向に変化しているのに、“形態”は機能体から共同体に移り変わらず、ねじれ状態になったりします。この過渡期における、ねじれ状態や、機能体と共同体との混在状態が組織内に矛盾を生じさせ、様々なトラブルやモチベーション・ダウンの原因となります。

ここから、その典型的な例をご紹介したいと思います。

 

6. 日本企業の形態

〜組織は長期低成長時代にどう対応したら良いのか?〜

日本は、1955年から1973年の18年間に世界的にも類を見ない高度成長を遂げました。

企業は、自然と成長志向となり、売上拡大という目的の達成を目指しました。社員も企業が成長する事で、給料アップや昇進につながるため、猛然と働きました。この時代の日本企業は、徐々に機能体度を高めつつありました。

しかし、純粋な機能体にはなりませんでした。当時の日本企業はそれ以前の伝統的な家族経営の特性を色濃く残していました。年功序列、終身雇用、企業別組合を前提とし、さらには社員旅行や懇親会などによって、従業員の帰属意識と結束力を高める事に力を入れていました。まだまだ、共同体度の高い組織だったと言えるでしょう。

つまり、高度成長という追い風があまりにも強かったため、日本企業は、共同体組織の特性をそのままキープしながら、売上拡大という外的目的を次々と達成してきたのだと思います。この機能体と共同体が融合された組織の状態が日本的経営と呼ばれ、日本企業の強さの源泉として、世界に絶賛されました。

高度成長期が終わり、バブル期がやってきます。バブル期は実のところ、株価や不動産価格以外は成長していないのですが、成長志向は高まる一方のため、個人の旺盛な消費意欲は衰えず、好景気が続きました。これによって、日本的経営が否定されることは、あまりなかったのですが、徐々に共同体であることを煩わしいと感じる社員が増え、企業内での仲間意識や結束力は弱まってきていました。

そして、バブルが弾け、一気に日本経済の成長が鈍化する事になり、ひずみが生じ始めます。低成長時代では、企業は収益拡大という目的がなかなか達成できず、日本的経営に疑問が生じます。

何がなんでも目的を達成していかなければいけない企業は、グローバルスタンダードという名のもと、目的達成に特化した欧米のドライな機能体組織を見習い、日本的経営を捨てて、純粋な機能体化を推し進めようとします。

従業員は家族だなんていう企業は減り、従業員を駒として考えて、できるだけ派遣社員を増やします。そして、シビアな成果主義を取り入れて、効果効率を第一に考えた、機能体度100%の組織を目指し始めます。

このような純粋な機能体組織では、従業員は常に成果目標(ノルマ)というプレッシャーをつきつけられます。また、少しでも効率性を上げるための過剰労働を強いられることがあります。高度成長時代には、個人は自己犠牲を強いられても、努力をすれば成果目標が達成できたため、精神的にも金銭的にも報われました。そして、企業も余裕があったために、社員との絆を重視して、個人が報われるような努力をしてきました。しかし、低成長時代には、個人はかなり無理をしないと成果目標を達成できず、追い込まれます。しかも、そんな個人に対して、企業は共同体的なケアを行う余裕がありません。

真面目過ぎる従業員は、つい無理をして心身を病んでしまったりします。また、何がなんでも成果目標を達成しないといけないというプレッシャーから、企業や従業員の不正が増えます。

これが現在起きている労務問題であり、ブラック企業と呼ばれる企業が生まれる要因だと思います。

欧米では、従業員が機能体に属しているという割り切りを持っているため、成長しなくなった企業からは躊躇なく離職し、成長しそうな企業に転職します。日本では従業員に共同体的メンタリティが残っており、つい特定の企業に依存してしまうため、影響も大きくなっているように思われます。

少し具体的に、このような転換期を迎えた企業の労務問題について、触れてみたいと思います。

私が30年間働いた電通は、まさに機能体と共同体が混在した企業だと思います。どちらかというと共同体の色が濃かったかもしれません。社内外において、人と人との関係性を重視し、「あの人が言うなら・・・」と言う義理人情を大切にしてきました。

そして、年功序列が比較的尊重され、内部評価による人格者が昇進してきました。さらに現場の意見が強く、上司が頭ごなしに管理をしなくても、現場は自分達でモチベーションを持って、必死に働く会社でした。まさに共同体組織です。

しかし、共同体であるがゆえに、既存メディアとの関係性を重視し、デジタルへの対応が思うように進まなかったのかもしれません。デジタル分野でのシェアを急速に拡大するという目的を達成するためには、機能体度の高い組織に変わらざるを得なかったのではないでしょうか?

なぜなら、デジタル・マーケティングは、相手企業との関係性が高いことが、あまり有利に働きません。数字による効果効率が絶対善となるドライな世界です。ここで勝ち残るためには、上意下達による指示を明確にし、従業員は常にノルマと結果に追われる事になります。

共同体組織のDNAが残っている中で、これだけの急転換を行うと組織内に無理が生じてしまうかもしれません。そして、市場が飽和状態で、思ったほどの速度で成長しないと、従業員に過度なストレスをかけてしまう原因になりかねません。

低成長時代に入ったら、徳川家康が行ったように、個人も企業も、安定志向気質に変えて、従業員の居心地、安住性を第一に考える共同体組織にした方がいいのでしょうか? 政府は、そちらの方向に企業を導いているようにも見えます。

しかし、そもそも機能体であるべき組織が、低成長時代に共同体化していくことは、大きなリスクを伴います。場合によっては、組織が死に至る病にかかる可能性があります。

次回は、その事について、考察したいと思います。

AKIO IIJIMA
1964年、山梨県生まれ。東京大学土木工学科卒業後、1987年電通入社。セールス・プロモーション局、メディア・コンテンツ計画局を経て、2008年よりCDC(旧コミュニケーション・デザイン・センター)。 新事業会社の設立、経営イノベーション支援、システム開発、 コンテンツ制作など、様々なプロジェクトのプロデュースを行う。 日本広告CMデータ共通管理システム「アドミッション」の開発、米国法人とのJV「ブライトコーブ・ジャパン」の設立、吉本興業とのJV「YDクリエイション」の設立、日本初のリアリティショー番組「バチェラー・ジャパン(Amazon Prime Video)」の企画・制作、Netflixオリジナルドラマ「宇宙を駆けるよだか」の企画・制作、「コナミスポーツクラブ」 「鶴屋百貨店(熊本県)」の経営イノベーション支援、スタートアップ企業事業支援など。