間宮のコラム まみこら vol.12
五感とインサイト(3)

間宮 洋介

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強い「あるある」を、どう見つけるか

「ムキー!」と「インサイト」

 

前回、インサイトについて、「意識や心理に基づいた、『あるある』」だと書きました。「あるある」は必ずしも人間の意識や心理だけに関係するものではありません。例えばよく言われることとして「急いでクライアントに行かなきゃいけない時に限ってプリンタが不調」「最短距離で行きたい時に限ってタクシーの運転手が不案内で回り道される」みたいなことは「ビジネスあるある」としてよくあります(昔、マーフィーの法則、とか言われていましたね。)一見するとこれはプリンターの不調であり、タクシー運転手との相性の問題で起こる「あるある」とも言えるのですが、よく考えてみると「人は急いでいる時に限って時間を取られることが多い『ように感じる』」という「インサイト=意識や心理に基づいたあるある」とも言えます。このように、「インサイト」とは(誰に教えられたわけでもないのに)、ついついそう考えてしまう、ついついそう行動してしまう、そういう「行動」のベースとなる「意識(心理)」ことだと思います(繰り返しですみません)。これまた繰り返しになるのですが、前回に引き続き、「“人を動かす”インサイトとは」という話をしていきたいと思います。

 

 

 

「インサイト」で、人を動かす

 

もう少し、「インサイト」で人を動かす、という話をしますね。講演などで「インサイト」について話す時に、よくするたとえ話があります。クイズみたいになっているので、ちょっとみなさんも考えてみてください。「事故の絶えない曲がりくねった山道があります。事故を減らすためにはどうすればいいでしょう。」これを、そこを通るドライバーにどんな「インサイト」があるかを踏まえて考えてみてください。

 

 

講演で話す「答え」の一つは、「カーブミラーとガードレールを撤去し、センターラインを消す。」というものです。「え、逆に事故増えるんじゃない?」という声も聞こえてきそうですが、実際には(中長期的には)事故は減るのではないかと思います。もちろんそれだけが正解というわけではないと思いますが、なぜこの答え(というか思考回路)に至ったかを説明すると、「インサイト」というものがよくわかると思います。まず、「(ひと気のない)曲がりくねった山道の事故」の多くは、「スピードの出し過ぎで曲がりきれない」ことに原因があると「推察」されます。それではなぜドライバーは「スピードを出しすぎてしまう」のか?それは、そこに普段の道路と同じようにセンターラインとガードレールがあり、対向車が来たことを知らせるミラーがあると、人は「油断」し、「恐怖心や警戒心を抱かなくなる」という「インサイト」があると洞察されます。恐怖心や警戒心があればドライバーはスピードを出さない、一方で本当に危険なシチュエーションでも「普段と同じ」環境に近ければ、恐怖心や警戒心を抱くことはなく、ためらいもなくアクセルを踏み込んでしまう。そこで、カーブミラーやガードレールを外し、センターラインを消すことで「ここは見るからに危ない場所ですよ」とすることによってドライバーは「恐怖心」を抱き「警戒」してスピードを出さなくなる=「慎重」になる、だから事故は減る。そう考えることで「山道における恐怖心と警戒心のインサイト」で「人の行動をコントロール」できるのです。ただ、どんな状況であれ恐怖心を抱かない人がスポーーンと飛んでいくこともありそうな気がしますが。

 

 

「インサイト」は昔から変わらずにある

 

一説では、交通事故の8割近くは当事者の自宅の近くで起こる、という話もあります。まあこれは「インサイト」の仕業だけでなく、単に自宅近くを通行することが多いからだ、という説もありますし、まあ多分そういう理由が一番大きいとは思いますが。一方で「家に帰るまでが遠足です」という言葉もあるように、人間はどこかで「慣れ」に対して「油断(恐怖心や警戒心が薄れる)」が生じる、という「インサイト」があるように思います。今から700年以上前に書かれた吉田兼好の「徒然草」に、「高名の木登り」という一節があります。

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高名の木登りといひしをのこを人おきてて、高き木に登せて梢を切らせしに、いと危ふく見えしほどは言ふ事もなくて、おるるときに軒長ばかりになりて、「あやまちすな。心しておりよ」と言葉をかけ侍りしを、「かばかりになりては、飛びおるるともおりなん。如何にかく言ふぞ」と申し侍りしかば、「その事に候。目くるめき、枝危ふきほどは、おのれが恐れ侍れば申さず。あやまちは、やすき所になりて、必ず仕る事に候」といふ。

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いきなり原文で失礼しました。「有名な木登り」と言われている男が、他人を指導して木を切らせる時の話です。ここで何が言われているかというと、

高い木に登らせて枝を払わせるときに、たいへん危なく見えるうちは一言も言わない。木をのぼる間には危ないこともあったのだが、何も言わないのです。それが、その人が木を下りる途中、ちょうど家の軒先の高さと一緒くらいになった時にはじめて声をかけたのです。軒先きですからそんなに高い高さではございません。そこで「失敗するな。注意しておりろよ」と言葉を掛けられましたところ、指導されておる者が「これくらいの高さならば、飛びおりたってどってことない。なぜにもそのようにおっしゃるのですか」と申します。すると「有名な木登り」と言われている男はこう言ったのです。「その事でございます。目がくらくらするほど高いところで、枝打ちが危ないようなところでは、人はおのれに恐怖心がございます。ですから私は何も申しません。失敗というものは、いよいよ安全という所になって、人の慢心につけ込んで起こることなのでございます」と言う。

 

まさに、人は「恐怖心や警戒心が解けた時に事故が起こる」ということ。これは今も昔も、社会や文明の進化にかかわらず、人間は同じような「インサイト」を持つ生物だ、ということの証左だと思います。紛れもない「太いインサイト」。それがわかったら、今度はその「インサイト」を課題解決に使うためにはどうすればいいかを考えていけばいい。それが「インサイト」の正しい使い方だと思います。

 

猫は大丈夫だと思いますけど

 

 

「体が思わず動いてしまう」インサイトは強い

 

恐怖心、警戒心、というのは人間の持っている(強い)「感情」です。何度か繰り返し「インサイトは心理、意識だ」という話をさせていただきましたが、その「心理」や「意識」の裏には「感情」があります。そして「感情」は「人を動かす」。たとえ無意識でもなんらかの「感情」が「心理」や「意識」を形成し、そして人を動かす。そういう意味でも「インサイト」は決して自動的に出てくるものではなく、自分自身をも洞察対象として「考え、見つけ出す」ものだと言えると思います。今回は「人間の恐怖心や警戒心からくるインサイト」の話をしましたが、次回はもう少し他の種類の「インサイト」や最近よく言われる「社会的インサイト」の話をしてみたいと思います。

YOSUKE MAMIYA
1994年電通入社。2年間のマーケティング局、16年間の営業局勤務を経て、2012年よりCDC。 「戦略とは、課題の言語化である」を戦略立案の芯に据え、戦略から表現まで統合し、あらゆる課題解決業務に従事。関わる領域は、広告コミュニケーションにとどまらず、事業系ソリューション、中長期経営計画立案、インナーのモチベーション・デザインなど多岐にわたる。 2017年に電通より独立。2018年 株式会社 Que 代表取締役CEOに就任。 主な仕事として、キリンビール「一番搾り」「氷結」キリンビバレッジ「午後の紅茶」「FIRE」におけるコミュニケーション・デザイン。 トヨタ自動車「AQUA」「MIRAI」「PRIUS PHV」「C-HR」のコミュニケーション戦略、 NTT ドコモ「2020 東京オリンピック協賛プロジェクト 」、プレナス「ほっともっと」ブランディング・ディレクション、日清食品「カップヌードル」 「UFO 」におけるキャンペーン・プランニングおよび、フロンテッジにおける事業コンサルテーションなど。